雨の日は、体も心も少し重い|「7割でいい」と決めた日のこと

心の回復

朝、目が覚めたときから体が重かった。
雨の音がしている。
空気がどんよりしている。
気圧のせいなのか、ただの疲れなのか。
はっきりした理由はわからないけれど、今日は動きが鈍い。
立ち上がると腰が軋む。

「ああ、今日は怠く重苦しい日か」と思った。

雨の日に体も心も重くなる人にこの記事を書いている。

気合いでは、どうにもならない日がある

以前の私はこういう日も無理に動いていた。

痛くても、重くても、気のせいだと言い聞かせて。
「みんなも私と同じように辛いけど働いている」と自分を叱咤して。

でも最近、少し考え方が変わった。
体が重い日は体が何かを訴えている日。
年を重ね、無理を続けてきた積み重ねが、
雨の日に一気に出てくるのかもしれない。

気圧は変えられないし、天気も変えられない。
でも、自分の気の持ち方は変えられる。
そのことに気づくまでにずいぶん時間がかかった。

今日は7割でいい

今日は7割でいい。

完璧に動けなくてもいいし、家事がひとつ減ってもいい。
腰が痛いなら座ればいいし、体が重いなら横になってもいい。

「ちゃんとしなきゃ」と自分に鞭を打つのはやめよう。

それだけで、体の強張りもが少しほどける。
7割で動いた日もいつも通り、終わる。
完璧を目指して途中で倒れるより、7割で最後まで立っていられるほうがいい。

少しずつ、そう思えるようになってきた。

体にも、境界線を引く

人との境界線だけじゃない。
体との境界線もある。

痛いのに無視しない。
疲れているのに見ないふりをしない。
頑張れる日もあるし、頑張れない日も当然ある。
雨の日は、回復の日にしてもいい。

今日できなかったことは、明日の私に任せる。
それくらいの余白があってもいい。

自分の体に「もう少し頑張れ」と言い続けるのをやめたとき、
不思議と体との関係が少し穏やかになった気がした。

重いままでもここにいる

雨は止まないかもしれない。
体もすぐには軽くならない。

それでも今日をやり過ごせたなら十分。
生産的じゃなかったとしても、何も進んでいない気がしても——ちゃんと生きている。

重いままでも、ちゃんとここにいる。
それでいい。

今日という日を重いなりに過ごした。
それも、立派な一日だと思う。

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