ずっと、心の奥にあった言葉がある。
嫌われたくない。
断るときも、距離を置くときも、頭の中で一番大きくなるのはその不安だった。
空気が少し変わるだけで、自分が悪い気がする。相手の表情が曇ると、胸がざわつく。
だから私は、先回りして合わせてきた。余計な一言を飲み込んで、波風が立たないように整えてきた。
それで安心できると思っていた。でも、本当はずっと緊張していた。
好かれることと、削れることは違う
好かれることは、悪いことじゃない。
でも、好かれるために削れ続けるのは違う。
自分の意見を言わない。本当は嫌なのに笑う。疲れているのに「大丈夫」と言う。
それは優しさではなく——ただの無理だったのかもしれない。
最近、少しずつ気づいた。「嫌われないこと」よりも、「自分を守ること」のほうが大事だと。
誰かに削られ続けた先に残るのは、疲れ果てた自分だけだ。それに気づいたとき、何かがようやく腑に落ちた。
全員に好かれる必要はない
全員に好かれる人はいない。頭ではわかっていた。
でも、自分がそこから外れる側になるのは怖かった。
距離を置いた人。誘いを断った人。返信を急がなかった人。もしかしたらどこかで、私を「冷たい」と思っているかもしれない。
それでもいい。
今は、そう思えるようになってきた。
好かれなくても、生きていける。嫌われても、世界は終わらない。それよりも——自分を嫌いになるほうが、ずっとつらい。
人間関係を整理していく中で、一番大きかった気づきはそこだった。
それでも、少しずつ
急に強くはなれない。
いまだに、ざわつく日もある。送信ボタンを押す前に、何度も文章を読み返す。
それでも、前より少しだけ違う。
「嫌われたらどうしよう」よりも、「私はどうしたい?」と考える時間が増えた。
それだけで十分だと思っている。
嫌われない人生より、削れない人生のほうを選びたい。その選択を、今日も静かに重ねている。


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