いい人でいたほうが楽だった
「優しいね」と言われるのは、悪い気がしなかった。
頼まれごとを断らない。
空気を壊さない。
相手を不機嫌にさせない。
そうしていれば波風は立たない。
嫌われることも少ない。
だから私は、“優しい人”でいるほうを選んできた。
本当は少し無理をしていても。
本音を後回しにする癖
本当は疲れている。
本当は行きたくない。
本当はそれ、私の仕事じゃない。
でも口から出るのは、
「大丈夫です」
「やりますよ」
「気にしないでください」
気づけば本音はいつも後回し。
優しさというより、衝突を避けるための選択だったのかもしれない。
誰かを傷つけたくなかったのか、自分が傷つきたくなかったのか。
今となってはどちらだったのかもよくわからない。
たぶん、両方だったのだと思う。
境界線を引くと、少し怖い
優しい人をやめると、どうなるんだろう。
冷たいと思われるかもしれない。
わがままだと言われるかもしれない。
それが怖くて、ずっと線を引けなかった。
でも最近、少しずつ思うようになった。
全部を引き受けることは、優しさではない。
自分を削りながら差し出すものは、どこかで歪んでしまう。
笑顔で「大丈夫」と言いながら、自分の中で何かが減っていく。
それを優しさと呼んでいいのか、わからなくなってきた。
本当に守りたいもの
私は優しくない人になりたいわけじゃない。
ただ、無理をしない人になりたい。
本音を言える人。
疲れたら休める人。
断っても嫌われない関係を、少しずつ作っていける人。
それはきっと、冷たいことじゃない。
優しさをやめるのではなく、自分を後回しにする癖をやめる。
それだけのこと。
まだ完全にはできない。
断るたびに少し胸がざわつく。
それでも前より、自分の気持ちを置き去りにしなくなった。
少しずつ、変えている。
それで十分だと、今は思っている。


コメント