「もう無理かもしれない」と思った日のこと

「もう無理かもしれない」と思った日のこと 人間関係

朝、目が覚めた瞬間から気が重い。

体も鉛のように重い。
それでも働かなければ生きていけない。
そう思うと感情を切り離すしかなくなる。

今日も、ロボットみたいに心を無にして家を出る。

「職場の人間関係に疲れた。」
でも、すぐに辞めるわけにもいかない。

そのふたつの間で、ただ消耗している。
この記事は、そんな日々を過ごしていた私自身の話。

決定的だった出来事

あの日も、ほんの些細なミスだった。
確認不足と言われればそれまでのこと。
でも、その後に始まる二時間の問い詰めが何よりきつかった。

「反省してる?」
「どうしてそうなったの?」

同じ問いが角度を変えて何度も繰り返される。
答えても終わらない。
黙っても終わらない。
ただ責められている時間だけが積み重なる。

それが日常になったとき私はようやく気づいた。

これは指導ではない。
ストレスの捌け口にされているのだ、と。

夜は眠れない。
眠れても二時間おきに目が覚める。
無意識に歯を食いしばっているせいで肩こりと頭痛は慢性化した。
鎮痛剤を飲んでもほとんど効かない。

それでも、明日はまた仕事。

いつからだろう…働くことより人と関わること自体が怖くなったのは。

それでもすぐ辞めなかった理由

頭ではわかっていた。
この状況はおかしい。

でも、すぐに辞めるという選択はできなかった。

生活がある。
貯金は多くない。
年齢のこともある。
次の仕事が見つかる保証もない。

何より——「我慢すればいい」と、どこかで自分に言い聞かせていた。

今までだって耐えてきた。
これくらいまだ大丈夫。
そうやって自分を納得させ続けた。

職場の人間関係に消耗している多くの人が同じ場所で立ち止まる。
「辞めたい気持ち」と「辞められない現実」の間でただ疲弊していく。

でも今思えば、その「我慢すればいい」という言葉が一番自分を傷つけていた。

距離を置くという選択

ある日、私はふと思った。
必死に耐えて負けないように奮い立たせ続けることにもう疲れてしまったのだと。

他人は変えられない。
なら、自分にできることは何だろう。

今すぐ辞めることはできない。
でも距離を置くことはできる。

真正面から戦わなくていい。
無理に強くならなくていい。

静かに、少しずつ——自分を守るほうへ舵を切ればいい。

具体的には、こんなことから始めた。

必要以上に関わらない。


業務上の会話だけに絞る。
それ以上踏み込まない。
愛想よくしなくていい。
ただ淡々と。

反応を薄くする。
問い詰められたとき「そうですね」「確認します」だけ返す。
それ以上応じない。
沈黙は武器にもなる。

帰宅後の時間を回復に使う。
職場のことを考えるのをやめる。
好きなことをする。
たとえ30分でも。
その積み重ねがじわじわ効いてくる。

すぐに環境を変えられなくてもいい。 いきなり強くならなくていい。

まず、心と体が壊れないようにすること。それだけでいい。

そう決めただけでも、少し軽くなった。


人に疲れてしまう理由については、こちらにも書いています。


最後に

このブログ「人間関係から距離を置くという選択、静かに生き方を整える記録」は、人間関係から静かに距離を置いていく、私自身の記録です。

怒りをぶつけるわけでも、華やかに逆転するわけでもない。
ただ、消耗をやめて、少しずつ自分を取り戻していく過程をここに書いていきます。

同じように疲れている誰かの小さな支えになれたら。

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